濱部雅伸さん:学生時代は野球一筋だったが、様々な偶然も重なりダイビングの世界へ。野球人として培った熱さは変わらず、現在はその情熱をダイビングショップOceanTribeの経営に注いでいる。東京・自由が丘に構えるショップからは毎日その日に一番魅力的なスポットへのダイビングツアーが開催され、ダイビングを楽しめることはもちろん、親しみやすいスタッフや立ち寄りやすい店構えが好評でリピーターも多い。

近藤:初夏になって海の温度も上がり、初心者でもダイビングに行きやすい季節になりましたね!そんな中今日はインタビューのお時間をいただきありがとうございます。いつも通り「マサさん」でいきたいと思います。ダイビングショップ経営にかける熱い想い、色々聞かせてください。まずはマサさんとダイビングの出会いから教えてください。

マサさん:よろしくお願いします。カメラ向けられると気になっちゃって自然に笑えないんだけど…頑張ります(笑)。僕とダイビングの出会いですね。もともと学生時代は野球漬けで、駒沢大学苫小牧高校に野球特待生として入学し、将来は「野球で生計を立てる」と決めていました。駒沢大学の野球部に所属すれば、プロに行けなくても高校野球の監督とか、指導者としての道が開けるはずだったんですね。ところが高校の手違いも重なって駒沢大学の野球部に所属できなくなっちゃって…。予想外の展開だけど、そんな中でもやはり野球を続けたかったから社会人のクラブチームに入りました。その頃身体を鍛えるために通っていたスポーツジムのロッカーでたまたま「ダイビングライセンス取得キャンペーン38,000円!」という張り紙を見つけて。僕は幼少期から海でキャンプしたりシュノーケリングしたり海には親しんでいたから「ダイビングか、やってみよう!」とライセンスを取りに行ったのが最初のきっかけです。

でもその時はまだダイビングを仕事にするつもりじゃなくて、教員になって野球の指導者になる夢を追いかけてたんですね。ところが当時は山一證券の倒産があった頃で就職がめちゃくちゃ厳しく、公務員や教員の競争率も上がっていて、教員になるためには資格取得後3、4年待ち、みたいな状況。そんな長い期間無職でいるっていうのも無理だし、仕方なく就職活動頑張るかと気持ちを切り替えて企業説明会に出てみたものの、やっぱりしっくりくる仕事がない…。俺は何をやりたいんだ?ともう一度自分と向き合った時、「体を動かす仕事」「野球みたいにお客さんと感動を共有できる仕事」というキーワードの中に浮かんだのが、ダイビングインストラクターでした。

新宿での企業説明会の帰りに本屋に直行して、そこにあったダイビング雑誌3冊を全部買い、その日のうちに良さそうなダイビングショップに片っ端から電話をかけまくりました。15社くらい電話して3社会ってくれたけど、なかなか採用してもらえない。でも「大学生だしまずはバイトさせてほしい」「卒業するまでにインストラクターの資格を取るから、その後新卒として雇ってください!」と粘ったら、1社だけ「インストラクターになるための講習費や機材に120万かかるけどそれが用意できるなら」って言ってくれたショップがあって。自分の貯金60万と借金した60万、合わせて120万円の札束を、すごくドキドキしながら持って行ったのを覚えています。実はそれが、現Ocean Tribeの社長がスタッフとして働いていたショップだったんですよね。Ocean Tribeにも創業から入っていたわけじゃないんだけど、立ちあげ5年くらいの時に参画することになり、その後社長が沖縄に店を出したタイミングで自由が丘店を任されて、今に至ります。

近藤:さすがマサさん、野球への情熱がショップに勤めるまでの動きに転換されたんですね!ダイビングとの出会いも偶然のようでどこか導かれたような感じですね。自由が丘のお店は私もかれこれ7年くらい通ってますが、すごく居心地の良いお店ですよね。常連さんが多いし、ここってダイビングショップなの?っていう店構えで散歩の途中にお茶しに立ち寄るお客さんもいるしで、ついつい寛いで長居しちゃいます。マサさんのお店作りに対するこだわりを教えてください。

マサさん:まずはマニュアルがないことですね。どの会社も普通は教育プロセスみたいなのがしっかりしてると思うんですけど、うちは入社時に社員研修はしない。マニュアルに従ってしゃべるんじゃなく、自分で学んだことを自分の言葉で伝えて個性を発揮してほしいんです。それぞれに求心力が生まれれば、お客さんも色んなタイプの人達が居心地よく集まれるようになると思うんですよね。お客さんが潜りに来る時、スタッフに会うことも楽しみの一つになったらいいなと思っていて。「今日は誰が担当になるんだろう」ってワクワクしてもらえたら嬉しいですね。

それから、BBQなど海に潜ること以外のイベントをたくさんやることは控えてます。やった方がリピーターが増えるんじゃない?って言われたりもするんですけど、僕らはあくまでも”海のプロフェッショナル”でありたいっていう気持ちがあるんですよね。僕らが考える良いインストラクターを追求していれば、おのずとそこに人は集まる、そんな思いでやっています。仲良くなること自体はもちろん悪いことじゃいんですけど、きちんとプロフェッショナルとして認めてもらうことで人が集まるようなお店になりたいなと。

お客さんに勧める道具(注:ダイビングに必要な器材。レンタルもあるが潜る頻度が高い方のために購入できるものも用意している)にもこだわっていて。ビジネス的に利益が出やすい道具と出にくい道具ってあるんですよ。利益が出やすい道具っていうのは仕入れが安くて定価設定が高いから、半額にしたって利益が出る。でもそういう道具は買い替え需要も見込んでの価格設定だから、6、7年もてばいいやっていう作りになっているケースが多いんですよね。うちで目利きしてお客さんに勧めている道具は、一回買えば買い替えなくて良い、ずっと使えるもの。購入後10年20年経って、他のショップのツアーで潜った時に「Ocean Tribeで勧めてくれたのは本当にいい道具だったんだな」って思ってもらえたり、他のプロのダイバーからも「良い道具使ってますね」「かっこいい道具使ってますね」って言われるようなものを勧めてます。10年後の信頼の種巻きですね。

そういう風にやっていれば、身近な人が「ダイビングやりたい」ってなった時に「あのお店結構いいお店だったよ」って紹介してくれるんじゃないかと思うんですよね。20年に渡って通い続けてくれているようなお客さんもいますし、これってスタッフひとりひとりがマニュアルじゃなく、ちゃんと個々のお客さんに向き合った結果なんじゃないかと思うんです。

実は業界内の集まりなどに行くと、時折「どうやってお客さんを飽きさせずにやってるんですか?」「仕組みに上手いアイデアがあるんじゃないんですか?」といった質問を頂くことがあります。でも実際にはそんなのなくて、人が人のことをしっかり考えながら日々できることをやっていくだけの話で。そうすれば少なくとも「一生懸命やってくれたな」ぐらいの評価はもらえるはずだし、「悪いやつじゃなかったな」から徐々に信頼が積み重なって、やがて「本当にいいやつだな」「信用できるな」そんな風に思ってまた来てくれたら、嬉しいですよね。

あとは長く通ってくれるお客さんにも毎回コンディション良く、楽しく潜ってもらうために、僕らもどんどん成長していかないといけないとも思ってます。インストラクターは最初はダイビングのスキルを教えますよね。でもある程度長く通ってスキルアップした方には、もうダイビングのスキル面で教えることがなくなります。そうすると、次はどれだけ状態の良い海に連れて行けるかですよね。例えば天気図を読めるようにしたり、それぞれの海の特徴からこの天気とこの海の掛け合わせだと海の透明度はこうなるから…なんてことも考えます。天気図は気圧配置で見るんですけど、そこに地形や潮も流れも加わるので、近い場所でも波のあるなしが変わりますし、2-30分で海の状況が変わることもよくある。例えば小笠原に発生した台風の影響で、風が穏やかで天気の良い伊豆の海にもうねりがくるなんてこともあります。もちろん外すこともいっぱいありますけど、それをバネに「もっと詳しくなろう」って頑張ってます。加えてネイチャーガイドとしての役割も果たせるように、それぞれの海の楽しい見所や生き物もおさえるようにしています。伊豆で見られるほとんどの魚の名前を網羅してますね!

近藤:確かにインストラクターの皆さん、めちゃくちゃ生き物詳しいなと思ってました!天気図や地形のような理系的な部分まで勉強していることも、今回初めて知りました。そのおかげで私たちは毎回安心して楽しく潜れているんですね。それではインタビュー前半の最後に、こんなふうにこだわって作ってきたお店で、お客さんにどんな時間を過ごしてほしいと思っているかを教えてください。

マサさん:なんかね、みんな自由にしてほしいですね。これもうちのお店に特徴かもしれないけど、「ダイビングはこういうもの」って決めつけたくないんですよね。例えばオープンウォーター取ったらアドバンス取らないといけない(注:オープンウォーター、アドバンスはそれぞれライセンスの段階の名称)とか、道具も持たなきゃいけないとか、上手くならないと楽しくない、みたいなね。それも一理あるんだけど、うちのお店はいろんな人がいろんな価値観で自由に楽しめる空間でありたいなと。お客さんたちも個性豊かで魅力的な方が多いですし、そういう方に楽しんでもらうために、スタッフにも自然体で各々の個性を前面に出してほしいです。

近藤:キーワードは個性ですね。マサさんはスタッフのみなさんのこともとても大事にされているので、次回のインタビュー後半ではスタッフの方への想いをお聞きできればと思います。今日はありがとうございました。

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PROFILE 近藤有希

フェリス女学院高校、東京大学文学部卒業。大手通信会社を経て現在は外資系金融機関勤務。仕事やプライベートを通じて出逢った様々な人の人生に触れる中で、その人の"A面"だけでなく"B面"を知ることの面白さを実感し、本インタビューサイトb-sideを設立。2児の母として子育てもしつつ、大好きな仕事や、ワイン・ホームパーティ・ダイビングなどの趣味も継続。自分の姿を見た子供たちに「人生って自由で楽しいんだ!」と思ってもらうことが目標。