西愛礼さん:1991年生まれ。神奈川県出身。一橋大学法学部卒業後、最年少24歳で千葉地方裁判所の裁判官に任官。在任中に6人に無罪判決を言い渡すなかで、刑事司法の構造的課題に直面し、より当事者に近い立場から法に向き合うべく弁護士の道へ。以後、プレサンス元社長の冤罪事件などを担当し、無罪判決を導く。著書に『冤罪学』『冤罪 なぜ人は間違えるのか』。冤罪防止に向けた制度的アプローチの発信を続けている。

西さん:これは難しいですね…。僕にとっての正義は、敢えていうなら“理不尽をなくすこと”だと思います。正義って人によって違うんですよね。ある人にとっての正義の行使が、別の誰かにとっての理不尽になることもある。冤罪はその最たる例ではないかと思うんです。正義の追及が誤った方向に働いたとき、冤罪という形でその人の人生を壊してしまう。なので一概にこれが正しい、これが正義だ、と考えるのは危険だと考えます。

立場や状況で見え方が変わるという話だと、刑事訴訟法には“開示証拠の目的外使用の禁止”というルールがあります。これは捜査などで収集された情報や証拠を、刑事手続以外の目的で使用することを制限するという法律で、プライバシー侵害の防止が目的でそうなっています。

けれど冤罪研究の場面で本当に必要な議論をするのに、このルールが足枷になるんですね。刑事裁判の構造を研究するにあたり実際に事件を詳細に扱おうとすると、“目的外使用”だと指摘されることがある。でも、そうする以外どうやって研究するのかと…。実態に即して研究していかないと、見落とされてしまう構造があります。事件ごとに断絶されたままだとその構造的な問題に辿り着けないんですよね。同じような冤罪が繰り返されないためにも、法改正は必要だと思っています。

西さん:はい、保育士免許は自分の子どもが生まれるときに“良いお父さんになるためにできることは何かな”と思って取得しました。世界観を広げるためには役立ったと思いますが、やはり実際に子育てすると、もうそれどころじゃないですね(笑)。でも子育ては新しい発見の連続で。例えばうちは双子なんですが、次女はハイハイで前に進めるのに、長女は後ろにしか進めませんでした。でも先に座れるようになったのは、この後ろにハイハイしていた長女の方だったんです。後ろに下がっていくと最後は壁にぶつかるので、自然と座る姿勢になるわけです。後ろ向きにしか進めなかった子の方が先に座れるようになるというのは、何だか人生の教訓みたいで面白いなと思いました。

その他にも、双子用のベビーカーは車椅子サイズなので、電車が混んでいると乗れなくて何本か見送っていたら予約していた新幹線に間に合わず、車椅子の人も同じように大変なんだなと感じたり、駅の構造でエレベーターを降りたところから乗車すると、降りた駅でもエレベーターが近いことが多く、考えて設計されているんだ有難いなと感じたりもしました。

視点が変わることによる新たな発見は、他にも色々あります。例えばワイン好きが高じてワインエキスパートの資格を取ったときも、嗅覚が鍛えられたことで、料理を楽しむ時に香りを意識するようになり、より美味しくなりました。また趣味で写真を始めて、それまでただ“見ていた”ものに対して、“どう見えるか”に意識が向くようになると、構図や距離感・光の入り方・背景の取り方…全てが意味を持ち、視覚で捉える範囲が広がりました。学ぶことで五感が変わってくるというのはすごいなと思います。

こんな風に、自分が持っている感覚は本当に限られていて、新しい経験をすると世界の捉え方が一段階深まり、見え方が変わります。特に刑事事件は人間の嘘や弱さ、関係性などのグラデーションをどう見極めるかという面も大きいので、こういったことは仕事の上でも大事な気づきです。けれどそれ以上に、人生が豊かになる感覚がありますね。そういう実感があるからこそ、できるだけいろんなものに一歩踏み込んでみたいと思っています。

西さん:冤罪という問題は、自分が生きているうちには解決しないかもしれないと思っています。根本にあるのが「人間は間違える」ということなので、これをゼロにするというのは非常に難しいというのが理由です。

なので、社会全体・次世代にも伝えていくために、SNS発信なども積極的にしています。実名でSNSをやるなんて、本当は苦手なんです。でも自分が生きているうちには解決しないとしたら、自分に今できることは全部やろうという気持ちなんですよね。もちろん発信していると、いろんな反応があるので落ち込むこともあります。そんな時はしばらく開かないようにしたり、一時的に気晴らしをしたりもします。育児や研究を並行してしているので仕事も本当に大変な時がありますが、仕事のストレスは、結局仕事そのものでしか解決できないんですよね。

冤罪という問題は、人間の意識やこれまで積み上げられてきたシステムの問題などが複雑に絡んでいて、一朝一夕には解決しません。でも誰かが旗を振らないといけない。自分にその役割があると感じているので、これからも前に進んでいきます。

all photo by 武川健太

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PROFILE 近藤有希

フェリス女学院高校、東京大学文学部卒業。大手通信会社を経て現在は外資系金融機関勤務。仕事やプライベートを通じて出逢った様々な人の人生に触れる中で、その人の"A面"だけでなく"B面"を知ることの面白さを実感し、本インタビューサイトb-sideを設立。2児の母として子育てもしつつ、大好きな仕事や、ワイン・ホームパーティ・ダイビングなどの趣味も継続。自分の姿を見た子供たちに「人生って自由で楽しいんだ!」と思ってもらうことが目標。