辻光一さん:18歳より料理の世界を志し、国内数店舗で経験を積んだ後、2003年に渡仏。レ・カルトポスタル、キャレ・ド・フィヨンにて5年間に渡り修行。帰国後、2009年に奥沢にてフレンチレストランKOSTをオープン。その後も近隣にパティスリー、カフェ、ベーカリー、焼き鳥店等をオープンし、KOSTのシェフとしてお店に立ちながら、複数店を経営。地元に愛されるレストランを育み続けている。
近藤:今日はありがとうございます。KOSTさんは大好きなレストランなので、このような形でインタビューする機会を頂けて嬉しいです。今日は辻さんの想いを色々お聞きできたらと思うので、よろしくお願いします。まずは料理人を志したきっかけや、その後どのようなステップを踏んでこの道を極めてこられたかを教えてください。
辻さん:最初に料理人になりたいと思ったのは幼稚園の頃です。テレビの『3分クッキング』が大好きで、それがきっかけでした。うちは両親が離婚していたので、その番組が友達のような存在だったんですね。幼少期はケーキ作りが好きで、8歳くらいの時には自分でスポンジケーキを焼いていました。最初はなかなか上手く作れなかったんですが、6年生になってようやくふんわりしたスポンジケーキが作れるようになって。それが本当に嬉しかったのを覚えています。
ただ、一度諦めたタイミングもありました。中高一貫校だったのに高校への進学に失敗してしまい、その後入った都立高校も途中でやめてしまって。新宿のホストクラブで働いてトップになるだなんてことを考えていた時期もありました。でも飲食の仕事をしていた母が、私の小さい頃からの夢を覚えていたんです。もう一度やってみたらと銀座のイタリア料理店の料理長に繋いでくれて、18歳で料理の道に入りました。
イタリア料理店の後、六本木のフレンチに移りました。料理の世界は上下関係が厳しく、始発で出勤し終電で帰るような毎日です。最初から料理などさせてもらえず、観葉植物の葉を1枚ずつ拭く作業を指示されたこともありました。周りは専門学校を出ている人が多かったのですが、私は出ていません。どうやったら料理をさせてもらえるかを考え、先輩たちに「教えてください」と一人一人挨拶をして回りました。それが功を奏したのか、可愛がってもらえたほうだと思います。
近藤:料理の世界は厳しいというイメージはありましたが、料理をするまでも大変なんですね…。その後、フランスへ渡られたとのことでしたが、フランスでの修行の日々はいかがでしたか?
辻さん:フランスではパリの「カルトポスタル」という店で働きました。そこでは仕込みだけでなくサービスも担当したので「お客様がいま何をして欲しいか」に気を配る必要がありました。それは厨房の中だけにいてはわからないことなので、大事な学びだったと思います。
例えば、デートでレストランへ来たカップルにとって、料理は脇役でしかない。そのシチュエーションで「こんなに手間をかけて作っています」と料理の説明をされても、それは求められていることと違いますよね。お客さんにとって大切なのは総合的な体験であり、その一部として料理があると思うんです。サービスの重要性を理解し、お店全体の雰囲気やサービスの質を高めることが大切だと学びました。
フランスのレストランは明確な階級社会ですが、実力があれば人種は関係ないんですね。渡仏前に習ったフランス語はほぼ役に立たなかったので、もうこれは自分の仕事で見せるしかない、と良い緊張感があったと思います。そのお店では全員で一皿を仕上げるスタイルで、一皿何分で仕上げる、と明確に決められていました。なので自分だけ遅れたりすると他のシェフの仕事が全て無駄になってしまう。プレッシャーは強かったですが、周りもモチベーションが高く、評価されると嬉しかったです。
近藤:そうだったんですね。以前わたしがKOSTさんを8名で予約をした際、遅刻してきた方が複数いてコース料理なのにペースがずれてしまったことがあったんです。でもメイン料理が全員分同時に出てきて、あの時は「辻さん一人でお料理作られているのにすごい!」と感動したのを覚えています。フランスでのお話を聞いて、なるほどと思いました。帰国後にKOSTをオープンされたと思いますが、ご自身のお店を出すタイミングはどのように決められたんですか?
辻さん:実は、28歳で自分の店を出すというのは、料理人になった18歳の時に決めたことなんです。日本で5年、現地で5年修行したら店を出そうと。不思議なもので願えば叶うというか、28歳の時に「店を出さないか」という話を頂いたんですよね。
フランスで働いていた店は2つ星でしたし、当初はミシュランの星を取りたいという想いもありました。でも現実は甘くない。フランスで学んだことを活かしつつ、お客様が入りやすいお店を目指そうと決めました。まずはこの一軒を成功させようという一心でしたね。
うちのお店の特徴はデザートで、妻がパティシエだったこともあり、ランチタイムでも5種類の本格的なデザートから選んで頂けます。KOSTのような規模・価格帯の店では他にないスタイルだと思っており、これは強みになっていますね。
近藤:そうですよね。KOSTさんに来ると、いつもデザートを全部食べたくて迷ってしまいます。出店して間も無い頃に手書きのチラシを配布されたというお話もされてましたが、どんな内容だったかお聞きできますか?
辻さん:自分たちの思いを込めた手書きのチラシを折り込み広告という形で配布しました。料理への情熱やお店への思いを手書きで書いたのですが、それを読んで来て下さった方がたくさんいて、そこからお客様が増えていきました。中には今でもそのチラシを持っているという方もいらして、本当に有難いです。
KOSTのあるこの自由が丘・九品仏というエリアは、本物を知っているお客様が多いと感じます。そういった方たちに愛され、地元に根付くことができたら長くやっていけるのではないかと考えて、今では同じエリアにパティスリー、カフェ、ベーカリー、焼鳥屋等、複数の店舗を出しています。
どのお店も本当に多くの素晴らしいお客様に支えられて、今があります。感謝しかないですね。
近藤:手書きのチラシ、素敵ですね。KOSTさんのファンが多い理由の真髄に触れた気がします。辻さんのルーツも知ることができて、とても感慨深い日になりました。次回はまた違う角度から辻さんについて色々お聞きできたらと思いますので、引き続きよろしくお願いします。今日はお時間いただきありがとうございました。
all photo by 武川健太
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INTERVIE BY
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PROFILE 近藤有希
フェリス女学院高校、東京大学文学部卒業。大手通信会社を経て現在は外資系金融機関勤務。仕事やプライベートを通じて出逢った様々な人の人生に触れる中で、その人の"A面"だけでなく"B面"を知ることの面白さを実感し、本インタビューサイトb-sideを設立。2児の母として子育てもしつつ、大好きな仕事や、ワイン・ホームパーティ・ダイビングなどの趣味も継続。自分の姿を見た子供たちに「人生って自由で楽しいんだ!」と思ってもらうことが目標。