小田隆生:熊本県出身。名古屋学院名古屋高等学校、名古屋大学工学部修士課程卒業。新卒で東燃石油化学株式会社(現ENEOS)に入社し、定年まで勤め上げる傍ら、妻と、今は自立した長女・長男の家族4人での時間を大事にしてきた。引退後は地域の文化講座への参加や趣味で奥の細道を歩くなどの活動を楽しんでいる。

:今日はありがとう!親子だと改まってテーマを決めて話を聞くっていうことはなかなかないから、すごく楽しみにしてた。父と娘2人だけでゆっくり話すというのも珍しいしね。よろしくお願いします。

まずは小さい頃のことから聞かせてほしいな。私から見るとパパはあまり周りの目を気にせず我が道を行くタイプだと思ってたのに、子供の頃は消極的だったと聞いてびっくりしてる。

:そうだね、あまり人と話さないような子供だったんだよ。ちょっと暗い感じかもしれないね。でもこのままじゃいけないと思ったのが大学に入った頃で。社会に出ていろんなことをやっていくのに、もう少し自分の意見をきちんと述べないとうまくいかないなと。就職する前に少しはそういう自分を作っておこうというところがあったと思う。

そう思うようになったのは父親の影響でね。父親は小学校しか出てなかったから、就職後に任せてもらえる仕事も少ないし、自分のアイデアで何か新しいことをやろうとしても大卒の人たちがその仕事を全部持っていくということがあったらしくて。それがすごく嫌だった、だから大学は出なきゃいかん、みたいな話を小さい頃からしょっちゅう聞いていたから、子供心に「頑張らなきゃ」という思いがあったんだよね。

大学っていう全く新しい環境も良かったね。「知り合いが誰もいない、だからいろんなことをできる」と思ったのかもしれない。少なくとも就職した頃には、色んな事を積極的に言うようにはなってたよね。

:おじいちゃんのそんな話、初めて聞いた…。わたしが物心ついた時は自信満々で地域の人からも人望があって、そんな様子を自慢げに語るおじいちゃんだったから意外だな。パパも、そんなきっかけがあって変わったんだね。改めて、何を大事に生きてきたか、座右の銘やポリシーなどあれば教えてください。

:エジソンの「天才とは1%のひらめきと99%の努力」っていう言葉は好きだったね。父親にもそんなことを言われて育ったしね。

だけどある時から、努力は大事なんだけどそれだけじゃどうしようもできないこともある、という考えも芽生えた。スポーツだと分かりやすいけど、生まれつきの能力ってあるじゃない。いくら努力しても勝てないって領域はあると思う。頭脳も似たようなところはある気がするんだよね。生まれた環境、受けられた教育によっても違うしね。もちろん自分が100%努力できたかというとそうではないんだけど。

だから僕が子供達に言っておきたいのは、恵まれていることをちゃんと理解するべきだということかな。

努力が報われる環境だし、ある程度困らないだけの経済力もある。僕だって父親が大学行かせてくれてなかったらどうなっていたかわからないからね。幼稚園の時に同じ社宅に住んでいた友達で大学を出た人はあまりいなかったし、僕らの時代は中学のクラスメイト50人のうち、卒業してすぐ就職する人が10人、高校まで行くのは30人、大学に行ったのは10人位だったと思うんだよね。そういう世の中だったから、僕が公立高校に落ちたのに私立高校に行かせてもらえたのは本当に有難かった。当時は奨学金もなかったしね。奨学金は大学院で初めてもらったな。

そういう経験もあって、できるだけ不平等をなくしたいと思って生きてきたところはあるね。

:なるほどね。実は小さい頃にパパから聞いた言葉で子供心にもすごく印象に残っている言葉があって。それは「自分が会社からもらった収入の半分は妻のもの」っていう言葉。結婚してからママはずっと専業主婦だったけど、その存在に対してすごく感謝と尊敬があったよね。そのあたりも、幼少期の経験と関係があるの?

:そうだね。家庭における父親と母親の役割分担や平等については、小さい頃から自然と考えを持っていたね。父親が辛い目にあってきた話を聞いて、人間はみんな平等じゃなきゃいけないと強く思ったし、そういう意味では男女も同じだよなと。男性が外で仕事できるのって奥さんが子供を見てくれたり家のことしてくれているからでしょ。だったらイーブンでいいんじゃない、と思ったんだよ。

父親も君たちから見たら亭主関白なおじいちゃんという印象だと思うけど、母親が風邪をひいた時は代わりに料理を作ったり、優しかったんだよ。

:おじいちゃんのそういう一面を直接みたことはないけど、おばあちゃんがよく「おじいちゃんは、優しいんだよ〜」ってわたしたちに話してくれて、それがちょっと意外だったことは覚えてる。本人同士の間には信頼関係があったんだね。

そんな家庭で育ったパパが、私たち家族との向き合い方で大事にしていたことってどんなこと?

:仕事も大事だけど、やっぱり家庭を大事にしようと思ってたよね。仕事が少々忙しくても諸々の調整を一生懸命やれるだけやって、家族とやりたいと思ったことの70%ぐらいできたかな。100%は難しかったけど、そこは夫婦で支え合えたと思う。

君たちが小さい頃、休みのたびに家族であちこち出かけられたのは良かったな。小さい頃のそういう体験は子供の心に残るだろうし、こっちも心に残ってる。時には学校へ行くよりも家族と過ごした方が大事な時もあるだろうと、君たちに学校を休ませてスキーに連れて行ったこともあったよね。何が正しいかは人それぞれだけど、自分がこれが正しいと思うことをある程度実行することができて良かったなと。

:そうだね。そういえばパパは社会人1年目の年末年始にいきなり2週間休暇を取ってスキーに行ったって話してたよね。当時の上司に「お前、本当に1年目でそんな休むんか。帰ってきたら席があると思ってるのか」と言われたけど、気にせず決行したという話を思い出したよ。その頃には、逆風に負けず意思を貫ける自分になってたんだね(笑)

最後に、これから家族を育んでいく私たちや、孫たちに向けて伝えたいことを聞かせてください。

:さっきも言ったけど、色んな意味で恵まれていることを自覚して、感謝できる人になってほしい。孫たちには特に。もちろん今はわからないと思うけど、そういうことが分かる年齢になったらね。そうじゃないと世の中がちっとも良くならない。ちゃんと与えられたものに感謝をして、まずは自分の家族を良くして、次に周りを良くして、地域を良くして、日本を良くして、そして世界を良くする。そんな風に輪を広げていってほしいね。

それからもうひとつは、主体的に勉強してほしいということ。何か見つけて自分の意思で学ぶ・考えるってすごい大事だと思う。例えば今小学校で英語を教えてるじゃない。英語も大事だと思うんだけど、1番大事なのは人間として「考える」こと。それをちゃんとやるためには、基本的な言語をしっかり習得させた方が良いんじゃないかと。多くの子にとってはそれがまずは日本語だと思うんだよね。しっかり土台を固めて学んだり考えたりできるようになれば、語学は後から何とでもなるかなと。

:そうだね、何を大事に子供たちに関わっていくか。将来の教育の選択肢などもぼんやり考える時期になってきたから、色々聞けて良かった。

今回のインタビューを通して、いろんな点が線に繋がった気がするな。ここに残したことで子供たちもいつか読んでくれるかもしれないし、何より私自身がインタビューを通して自分のルーツをより深く知れた気がする。

最初は改まった場で照れくさい気持ちもあったけど、お願いして良かったです。今日はありがとう!

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INTERVIE BY
KONDO

PROFILE 近藤有希

フェリス女学院高校、東京大学文学部卒業。大手通信会社を経て現在は外資系金融機関勤務。仕事やプライベートを通じて出逢った様々な人の人生に触れる中で、その人の"A面"だけでなく"B面"を知ることの面白さを実感し、本インタビューサイトb-sideを設立。2児の母として子育てもしつつ、大好きな仕事や、ワイン・ホームパーティ・ダイビングなどの趣味も継続。自分の姿を見た子供たちに「人生って自由で楽しいんだ!」と思ってもらうことが目標。